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最短距離を「求めすぎる」と道を見失う

3 min

こんにちは、shotaです。

相変わらず自問自答を繰り返す日々が続いています。まるで修行僧の様。いや、これはもう修行してる様なもんです。

「逃げ出したくなった自分と戦う。」これを修行と言わずして何と言いましょう。

滝に打たれる修行をするとしても、寒くて行動に移せなかったり、体調が悪くて逃げ出したくなったり、行ってることの意味が分からなくなったり、そういった場面に出会した時にも逃げずに立ち向かう。いや、目を背けずに向き合って自分なりの答えを出す。

僕の思う修行はこんな感じ。だから今はきっと修行中。心も弱いし、誘惑に負ける。意地も張るし自慢もしたがる。そんな自分で作り出した壁に向き合って、自分を超える。まさしく修行。僕は僧だったんだ。(入信してない)

というわけで今回は、最短距離を「求めすぎる」と道を見失う、というテーマでお話ししていきます。

面白い読み物になるかは分かりませんが、ぜひ最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。

最短距離を「求めすぎる」と道を見失う

最短距離を求める。というのは何事においても成功へ導く鍵、だと思っています。そしてその「成功」を「定量化」する時に最も必要になること。

ただし「求めすぎる」という行為は、最短距離の先にある「目的」を見失う確立を高めるとも思っています。

例えば、楕円上の100m走を最短距離で走ろう、と考えているのに、「最短距離」というところに焦点を当てすぎて、100m走のラインを超えて、ルール違反な近道をしようとする。

これが僕の思ってる「最短距離を求めすぎる」という考えです。別の言い方をすれば「目的を見失う」にも通ずるものがありますね。

なぜ「求めすぎる」と見失うのか

人って一つのことにしか集中できないって良く言うじゃないですか。

例えば、人と会話してる最中に全く別の文章を書くことは出来ないし、ランニング中に針の穴に系を通すのは無理です。

しかし、「求めすぎる」という状態、これを行おうとしている気がしているんですよね。別々に行った方が「確実」なのに、でも同時にやった方が「早い」から。

こうして「最短へ、最短へ」としていくうちに、自分の目的を見失ってしまって「あれ今まで何のためにやってたんだっけ」となってしまう。

いやぁ、僕は本当にこれがよくあるんですよね....

進んでる感覚を掴みたい衝動

『求めすぎる、というのは先に進みたい、という証拠』

『先に進みたい、と言うことは「進んでいる感覚」を求める欲の現れ』

『進んでる感覚が欲しいのは、自分が行ってることの正しさを証明したいから』

「求めすぎる」の裏には「自分の正しさ」や「不安を満たす」、という欲求が隠されているんだな、と今の僕は考えています。

人は欲望には忠実なので、「先に進めば欲を満たせる」という「報酬」を早く受け取りたくて仕方がなくなってしまうんですよね。

その道のりが長ければ長いほど、早く「報酬」が欲しくなってしまう。

全然手に入らないものを求めるよりも、身近にあって簡単に手に入るものを求めようとする、心の弱い状態も関係してくると思います。

すぐに手に入る快感を優先してしまう

人間は欲に忠実に生きているので、身近にある欲に慣れるとそればかり追う様になってしまいます。

スマホのSNSなんかはもうその代表と言って良いでしょう。

人との繋がりが欲しい。コミュニケーションが取りたい。寂しい。

こういった感覚も欲求と言えます。しかもこれは僕たち祖先が生き残るために必要だったことで、遺伝子レベルに刻まれている感覚です。だからこれに抗うのはなかなか難しいでしょう。みんな繋がりに飢えてSNSにのめり込んでしまう。

身近な快感を優先すると、目的が散らばって見つけにくくなります。

定期的に目的とルートを見返す

欲に弱い部分を認めた上で、開始する前にあらかたの「ゴールまでの道のり」を作っておくのが必要だと思います。

マラソンとかでよくある「中継地点」みたいなものです。これを自分で設定してやる。何事にも「先手を打つ」というのは非常に重要なポイントです。

最終目的地にある報酬を目指すにあたって必要な要素は何か。走り始めたら「立ち止まらずゴールまで行く」方が圧倒的に効率がいいですよね。でも、それを走りながらやると、途中で道を見失う。

だから最初に決める。見失わない様に、走ってる自分に気持ちよく進んでもらうために、先にルートを定めておく。

これができる様になれば、何事も上手く行くと思うんですよね。

目的地へは「中継地点」を挟みつつ進む

行動する、というのは必ずどこかに「自分の欲求」が含まれています。

その欲求の正体がわからずひたすら進んでしまうと、目的を見失って初めに求めていたものとは全く別の何かを掴むことになってしまいます。

そうして本来の目的とずれた「報酬」を受け取ると、自分の中にしこりを残し、次にやりたいと思ったことの障害になり得る。

同じ道を辿らないためにも、大まかなルートを決めて、その道を歩いた上で自分の思い描く行動でゴールへと進んでいく。

こんな感じでゴールに向かって進んで行けば、全く別のゴールに向かうこともなく、最初に掴みたかった欲求へと自分を導いてくれるのではないか、と僕は考えています。

まだ試行錯誤の途中ですが、こうして自分の考えが合っていたと思えることで、また一歩前進出来そうです。

と、言うわけで今回は以上です。

最後までご読了いただきありがとうございました。

shota

shota

客先常駐エンジニア(SES)から、フリーランスのWEBライターへ。
現在27歳、在宅でライターの仕事をしつつ、25歳の頃に辛かった経験などを元に「25歳の悩める人」へ向けて、情報を発信しています。

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